2013年7月7日日曜日

学歴社会はとっくに崩壊している

最近、学校内のいじめの問題や登校拒否の問題をよく耳にしますが、どの話を聞いていてももどかしさしか残りません。今ある学校をあまりにも肯定した前提でしか話をしていないからです。 「高校卒業は当たり前、出来れば大学にも行くべき」という風潮になったのはたかだか40年程前のことです。高度経済成長の時代ならいざしらず、20年前にバブルが弾け、立派だと思っていた企業がどんどん潰れているのを目の当たりにしている現在、社長が舵取りを一つ間違えただけで簡単に会社はつぶれてしまう時代です。実は学歴社会が名実ともに機能していたのは1970年から1990年までのたかだか20年だけなのです。終身雇用が期待できなくなった現在、学歴にしがみついていてもとっくに誰も何も助けてはくれなくなっているのです。 これから求められる人材は、他の人が思いつけない事を思いつく想像力と、実行に移せる行動力を持った人です。これらは今の学校の先生の言うことを聞いているだけでは身に付きません。全生徒を公務員的な人材にしようとする今の教育、「今学校の言う通りに勉強していれば社会に出てから楽が出来る」などと言うおためごかしはもう通用しません。その出口の見えない閉そく感がいじめや登校拒否に表れているのだと思います。思春期の大事な時期に人格形成に役立つ教育、本当に将来の人材を育成するための教育を一から考え直す時にきています。

2013年6月12日水曜日

どこまで実現できるのか?

クレヨンハウス時代に他社の商品を見ていて「営業をきちんとすればもっと売れるのにもったいない」と思う事があったので、東京ブックサポートという名で出版営業代行の仕事を始めることにしました。仕事で毎日書店の店頭を見ていると「僕はこの絵本好きなのに、なかなか注目されないなあ」と感じることがあったので、まるは・おはなし商店という名で絵本の読み聞かせを始めることにしました。絵本の読み聞かせなどをしていると「絵本作家になりたいと思っている人がたくさんいるのにきちんと吟味する場があまりに少ない」事に気が付いてしまったので、えほんみちと言う絵本作家の卵を応援する活動を始めることにしました。「力ある絵本作家の卵たちが集まったら絵本編集者を集めて一大プレゼン大会を開催したい」などと考えていたら「だったら別に日本の出版社に限る必要はないじゃないか!」と思うようになりました。 今、ボローニヤチルドレンブックフェアのアジア版、東京国際絵本フェアをどうしたら出来るのか、夢想しています。 はてさて、どこまで実現できるのか。今後ともよろしくお願いいたします。

2013年4月9日火曜日

『じゅうはんしゅったい!』

重版出来を「じゅうはんしゅったい」と読むことは出版営業になりたての頃教わったのに、すっかり忘れて「重版でき」などと言っている自分に『重版出来!』(松田奈緒子/作 小学館)というマンガで気付かされてしまいました。 『暴れん坊本屋さん』(久世番子/作 新書館)もそうですが、出版業界や書店を舞台にしたマンガは思わず買ってしまいます。出版社や書店人には紙の本に執着の強い「紙フェチ」と呼ばれる人たちがまだまだ多くいます。そんな熱い人たちがいる限り紙の本も書店もそう簡単に消えてはしまわないのではないかと心強く思ったりします。 最近、銀座方面で行列のできる飲食店として有名な「俺のイタリアン」「俺のフレンチ」「俺の割烹」をOPENさせたのが、ブックオフ創業者の坂本孝氏と聞いて驚きました。自由な発想を持つ起業人はどのジャンルにあっても成功できるのかも知れません。 「本を持ち帰れないリアル書店」「入店料を取る書店」「本以外の商品の方が売れている書店」「本嫌いがターゲットの書店」。これは僕が無責任に考えた今後の書店のアイディアです。今後の書店について考えるなら、業界外の人とブレインストーミングが大事なような気がします。

2013年3月16日土曜日

ルール作り

欧米では様々なジャンルにおいてルール作り競争を重要視している、と言う話を聞いたことがあります。自分たちに有利なルールを作りそれを国際標準にする努力をかなりしていると言うことです。一方日本はと言うと、いつの間にか決められた国際標準と言われる新しいルールに慌てて適応しようとしている場面が少なくありません。スポーツ然り、TPP問題然り。これからの日本はもっと最初からルール作りのテーブルにつく努力をすべきだと思います。 電子書籍にはまだ国際標準はありません。日本の版元やメーカーが一丸となって”日本発国際標準プラットフォーム”を目指すという動きは無いのでしょうか?

2013年2月9日土曜日

指導力

柔道女子日本代表選手達が連名で指導者のパワハラを訴えた問題で、指導者たちの弁明の中に「信頼関係があると思った」という言葉があった。根本的な間違いに気づいていない。「自分たちに指導力が無かったから暴力を振るう方法しかなかった」点が問題なのだ。日本では、座禅で使われる警策のように修行には肉体的苦痛が伴うもの、という意識がある。それを都合よく解釈して来た指導者がいる。しかし今はパワハラの伴う指導は指導とは言えない。パワハラを行使する指導者は「自分の指導力が未熟だからパワハラをしてしまっている」事に早く気が付く必要がある。 スポーツであれ学校であれ職場であれ家庭であれ、パワハラで人を思い通りに動かそうしている人は100%間違っている、という常識を早く日本に定着させたいと思う。