2014年1月15日水曜日

三十六計逃げるにしかず

いつの時代も人間関係の悩みごとは多い。でも今の 人は、辛抱強いからなのか自信が無いからなのか、 そんなことまで自分の悩みとして苦しんでいるのか? と驚くぐらい、色々な悩みを持っているようだ。 「友達だと思っていた人にいやなことをされたが、 この気持ちを相手に伝えても良いものか?」とか 「ある人の頼みごとを断りたいのだが、それって 人としてどうなのか?」といったたぐいの悩みだ。 端的に言ってしまえば、自分をとりまく人間関係は、 自分がより良くより心地よく生きて行くためだけに 必要なもの。「自分がより良くより心地よく生きて 行くうえで、この人は煩わしい存在になりそうだ」 と思ったら、黙って後ずさりし今後その人とは 極力接点を持たない努力をするしかないと思う。 三十六計逃げるにしかず、昔の人は、どんな 作戦よりも退却がベストだ、と言っている。 たとえその相手が親友だと思っていた人でも、 教師であっても、親であろうとも、だ。

2013年11月12日火曜日

9割の便利・1割の不便

首都圏の交通機関の改札口がほとんど自動になりました。 大量に出入りする乗降者の流れ滞らせることなくチェックし、またJR・私鉄・バスの区別なく同じカードで処理出来るシステムは感嘆すべき日本の技術だと思います。 しかし、身体的あるいは知的ハンディキャップを持った人にとってはどうなのでしょうか? 先日外国からの旅行者と思しき親子連れが、切符を差し入れる口のない改札機を通ろうとして困惑しているのを目撃しました。 とりあえず個人的には一方通行か対面通行かの区別がわかる矢印表示にして欲しいと思います。

2013年10月15日火曜日

きっかけはそれだったのか?

僕が小学校3年生の時の担任は新任の女の先生でしたが、A君を中心に色々なゴタゴタが絶えませんでした。 決定的だったのはある日、体育の授業を見学していたA君が、体育道具を放り投げて授業を妨害したことがありました。授業が終わり教室に戻ると、先生は涙目になって「A君!いったいどういうつもり!!」と言いながら往復ビンタを16回ぐらい浴びせたのでした。 最近になって急に「そう言えば3年生の1学期に体育館で道徳教育的な映画を見たことがあったな」と思い出しました。観終えて教室に戻ると、その若い先生が「今の映画はとても感動的でしたね。感動しなかった人はいますか?」と聞いてきました。 するといきがることを覚えはじめたA君を含む悪ガキ数人が手を挙げたのです。それを見た先生は「今手を挙げた人は少し変です」と言い放ったのでした。 A君が先生に反抗的な態度を取るようになったのは、この日からだったような気がしています。

2013年9月7日土曜日

クラスメイトと友達は違う

大人が子どもに良く言う言葉の一つに「お友達とは仲良くしなさい」というのがあります。字面としては正しいのでしょうが、クラスメイト全員を友達だと思っている子どもがはたしてどれくらいいるでしょうか?僕は小学校で仲が良かった友人と今は全く連絡を取り合っていませんし、生涯を通じての友人が小学校のクラスに必ず居るとは限らないと思っています。クラスメイトはお友達だと決めつけたいのは先生の方便でしかないのです。クラスで揉め事があった時、原因を探ろうともせずに「お友達とは仲良くしなさい」とだけ言って無理やり握手させて解決するためのものでしかありません。そのような事をするから揉め事の火種が水面下でくすぶり続け見えないいじめに発展してしまうのではないでしょうか? 僕が小学5・6年生の時クラスであるトラブルがあった時、1時間目から3時間目までずっと我々を叱り教え諭してくれた先生がいました。今そんな先生が、どれほどいるのでしょうか?「今の先生は忙しいし授業の進み具合のチェックも厳しくなっているから無理なんです」と言う声が聞こえてきそうです。もしそうなら先生方全員でスクラムを組み、もっと子ども達が生き生きできるクラス作りの提言を、教育委員会や文部省にすればよいではありませんか? 常に言い訳ばかりしている先生が子どもに良いお手本など示せるわけがありません。

2013年8月3日土曜日

児童書が売れないのは誰のせい?

車に関するコラムを読んでいたら「若い人にクルマが売れないのは、欲しいクルマと仕組みが造れないメーカーのせい」という文章が目に飛び込んで来ました。これってそのまま児童書業界にも当てはまるのではないでしょうか?特に気になるのは、小学4年生以上向けの読み物です。 毎日学校で起こる様々な事柄に小さな胸を痛め続けている今の子ども達に、聞きわけの良い子どもたちばかりが登場する読み物を紹介しても、彼らの心には響きません。 僕は、本好きの子どもたちは大人が思うよりは減っていないのではと思っています。しかし彼らは児童書の棚に見切りを付け、密かにライトノベルの棚に行っているのでは?と予想しています。 もちろん今を生きる子ども達とそれをとりまく環境をきちんと把握した、今の子ども達の気持に寄り添う作品もたくさんあるはずです。しかしそんな作品を上手に子ども達に紹介する仕組みがあまりにも出来ていないように思います。 秋山朋恵さんにこの仮説をぶつけたところ課題本を5冊与えられ、僕は今それを読んでいます。 大人が読んでも面白い児童書をピックアップし、出版社や書店の垣根を越え児童書業界全体でPRするぐらいの動きが、今必要なのではないでしょうか?