2012年3月17日土曜日

『ローマ人の名言88』

今から2000年ほど前、ローマ時代の人々は繁栄と平和を謳歌し金もうけに走る人や恋愛を楽しむ人があふれていたそうです。そんな現代の私たちと変わらない暮らしをしていたローマ人は、たくさんの言葉を残していきました。日本でもことわざのように使われるそれらの言葉は、ラテン語のため正確な出典を知らない日本人が多いようです。ラテン語学者の山下太郎氏が出典を明らかにしながら分かりやすく紹介してくれているのが『ローマ人の名言88』(牧野出版)です。 読みやすいこの本を読んでいると、2000年前の人たちも現代人と同じ悩みを持っていた事に気づきます。生死感、時間の使い方、目的意識、友情、恋愛問題、金銭問題、あらゆる事柄で現代人と共通しています。逆に言えば、人類が2000年かけても解決できない問題が山ほどあると言う事です。これは人が人間である限り抱え続けていかなければならないテーマなのかもしれません。 そう考えると、自分が直面しているこの悩みの簡単な解決方法などあるわけないし、過去においても現代社会でも同じ悩みに苦しんでいる人はたくさんいるはず、と思うのが正解のような気がしてきます。会社勤めで苦労している人、人間関係で悩んでいる人、将来に不安を抱いている若者、にお勧めの1冊です。『ローマ人の名言88』山下太郎/著 牧野出版/刊

2012年2月10日金曜日

分をわきまえる

昔の日本には「分をわきまえる」とか「身の丈を知る」とかいう言葉がありました。少なくとも戦前までの日本には分不相応な言動や暮らしをたしなめる風潮があったのではないかと思います。それが戦後になって、差別のない社会を目指せるようになったことや高度経済成長のおかげで、誰でも出世したり金持ちになる夢を持てるようになり、このような言葉はあまり使われなくなってきたのかも知れません。そして1980年代のバブルあたりから日本人の考え方が大きく変わってしまったように思います。どうしたら周囲の者を出しぬけるか、とか、大きな結果を追求するためにはプロセスは多少常軌を逸したって構わない、とかいった風潮が拡がっているような気がします。 もしかすると学校教育が、様々な場面で競争を利用したり奨励したりしてきた事や、個人個人の興味や趣味や嗜好を封じ込め、与えた課題のゴールだけを目指すように仕向けてきたことの結果、ということはないでしょうか? 日本語には「品がない」とか「みっともない」と言った言葉もあります。一攫千金を夢見たりせず、色々な情報に惑わされることもなく、地に足のついた仕事をコツコツとしていくように心がけたいと思います。

2012年1月7日土曜日

緊張感が足りん!?

大晦日に特別指定手配犯が自首しようとしたのに、門前払いをした警察署があったと報道され「緊張感が足りん」というコメントを目にしました。でも、これはその場に居合わせた警官に緊張感が足りないから起きた事なのでしょうか?こういう問題の時に重要なのは、当事者個々の資質に負うことではなく、犯人が自首してきた時の受け入れ態勢の構築、特別指定手配犯を常に認識できる体制、悪質ないたずらを見分けるためのシステム作りをしてきたかどうか、ではないでしょうか。だって人はずっと緊張し続けることなど不可能ですし、逆に、人がベストのパフォーマンスを発揮出来るのは充分にリラックス出来た時だからです。 警察でも企業でも教育現場でも、問題が起きた時に当事者個人だけに責任があるかのように処理してしまい、組織全体の問題としてとらえられていないケースが多すぎるように思います。どんな組織でも、問題が起きる前にあらかじめ色々な事態を想定して対策をたてるべきだし、問題が起きた時にはそれを糧に再発防止のための仕組み作りをよりきめ細やかにしなければ、警察の失態でも、企業の人材不足も、教育現場でのいじめ問題にしても解決しないように思います。

2011年12月4日日曜日

偉ぶるは馬鹿の始まり

「偉ぶるは馬鹿の始まり。偉ぶっても偉くはなれず、馬鹿にされても馬鹿にはならない」 昔ある人から教わって、ずっと印象に残っている言葉です。 ほかの人から一目置かれたいがゆえに偉そうな態度をとる人や、また他人を否定することで自分を浮き上がらせて見せようとする人を、良く見かけます。また、偉そうな態度をとることで他人を自分の思い通りに動かそうとする人も少なくありません。本当はその人の状況判断や段取りの甘さが原因で物事が円滑に進んでいないのに、それに気づこうとはせず、とどこおっている原因を他者に求め、部下などに過剰な負荷をかけてくる人は実は意外と多いです。 自営業を8年半続けてきた中で、時には自分で自分をほめたくなる瞬間がありました。しかし、らせん階段を一周するように経験を積んでは目線が少し高くなるとその分視野も広がって、自分が他人からほめてもらうことなど100年早い、ことに気付かされます。ですから、自分のスタイルを頑なに崩さず自分の過去の成功体験だけにしがみついている人は、とても滑稽に見えます。 もし偉そうな態度をとっている僕を見た時には、是非タイトルの言葉を言ってやってください。

2011年11月6日日曜日

読書推進

「読書推進運動」と聞くと「読書週間」が思い出されますが、これはすでに読書の楽しみを知っている人への働きかけが強く、読書の習慣のない人へのアピールにはなっていないように感じます。昔は、本は作りさえすれば消費者が見つけてくれ購入してくれた時代もあったのかもしれませんが、今は違います。テレビ番組から高性能テレビゲームや人気のテーマパークまで娯楽には困らず、生まれたときから家にはパソコンがあり、小学生の時から携帯電話を持たされ、また家庭の中に本棚のない家もある、そのような環境で育つ子どもたちに対して、もっと具体的な推進運動をしていかない限り、未来の消費者など育つわけもありません。ブックトークや読み聞かせの出来る人を気軽に学校や児童館などが呼べる仕組み作り、興味のわいた事柄を気軽に相談出来て的確なアドバイスをくれる図書館司書の育成などを、業界全体が協力し合って推進することの方が重要に思います。
書店でくじを配ったり、すでに本が好きな子どもたちだけが集まるようなイベントをしていては本当の推進運動にはならないように思えてなりません。